ドラマ『対岸の家事』第2話をご覧になった方の中には、心がざわついたという方も多いのではないでしょうか。
私自身も、その一人です。
中谷達也(ディーンフジオカ)の“無意識の偏見”とも言える態度や発言は、決して悪気があるものではなさそうでした。
しかし、その奥にある背景が見えたとき、「ああ、この人はまだ過去の呪縛の中にいるんだな」と強く感じました。
そのきっかけとなったのが、達也の母親の存在です。
今回の考察では、2話で描かれた母親の言動から、「達也の母は毒親だったのか?」という視点で深掘りしていきたいと思います。
中谷達也の母親が登場する、たった2つのシーンが衝撃的でした
第2話では、達也の幼少期を振り返る回想シーンが2回描かれました。
◆ 1つ目のシーン:お受験ママとしての母親
「達ちゃん、一緒に頑張って合格しようね」
そう語りかける母親は、一見すると子ども想いの母親のように見えます。
ですが、その言葉にはどこか
「息子を合格させて自分の価値を保ちたい」
というプレッシャーがにじみ出ていたように感じました。
お受験に熱心な家庭にありがちな“過度な期待”が、子どもの意思や心を押し潰していく様子が、短いカットからでも伝わってきます。
◆ 2つ目のシーン:ミキサーでの暴力
そして、問題のシーンがこちらです。
勉強をやめて窓辺に立った幼い達也に対し、母親が突然、手に持っていたミキサーで頭を殴るという衝撃的な行動をとります。
そのときの言葉がこちら。
「受験に失敗したら、社会の役に立たないんだよ!」
これはもう、単なる教育の一環ではありません。
教育でもしつけでもなく、ただの支配です。
心理学的に見て、「毒親」に当てはまるのでしょうか?
「毒親」という言葉は最近よく聞かれますが、実際にはどんな特徴があるのか、心理学の視点から整理してみましょう。
子どもを自分の理想通りに育てようとする
→ 完全に当てはまります。母親は、達也の合否に自分の価値を重ねていました。
子どもの感情や意思を無視する
→ 達也が勉強をやめたことに怒り、暴力で押さえつけています。
社会的体裁を優先し、家庭内での緊張が強い
→ 立派な家に住んでいた描写があり、周囲の目を非常に気にしていたようです。
このように、いくつかの典型的な「毒親」の特徴が、達也の母親に重なっているのがわかります。
ただ、それ以上に問題なのは、「暴力によって結果を出そうとする姿勢」です。
中谷達也の「専業主婦嫌い」は、無意識のトラウマ?
第2話後半では、達也が主人公・村上詩穂(多部未華子)に対して、少しだけ見下すような発言をしてしまう場面がありました。
「専業主婦は危機管理が甘い」
「夫が働いているという前提に甘えている」
そんなふうに聞こえる発言を、達也は“親切な助言”のつもりで言っていたようですが、聞いていた樹里(島袋寛子)はすぐに違和感を感じ取ります。
「達ちゃんのお母さんと、そのママ友は一緒じゃないんだよ」
このセリフの直後、達也の表情が一瞬曇りました。
その反応がすべてを物語っていたように思います。
彼にとって「専業主婦」という言葉は、“あの母親”を象徴する言葉だったのかもしれません。
自分を縛り、傷つけた母親が専業主婦だったからこそ、無意識のうちに「専業主婦=抑圧者」と捉えてしまっていたのではないでしょうか。
「家庭=安全な場所ではなかった」達也の過去
普通、家庭は心を休める場所であり、安心できる空間であるべきです。
でも、達也にとっての家庭はそうではなかったのでしょう。
母親から暴力を受け、プレッシャーをかけられ、愛情ではなく「結果」を求められる毎日。
そんな環境で育った彼は、「愛されるには頑張らなければならない」と刷り込まれていたのかもしれません。
その結果、大人になっても誰かに甘えることができず、妻や他人に対してもどこかで「頑張るべきだ」「評価されるべきだ」と思ってしまう。
この背景を知った上で、今の達也の言動を見ると、単なる冷たい夫ではなく、深い傷を抱えた人間として見えてきます。
今後、達也は“過去”とどう向き合うのでしょうか?
物語はまだ序盤ですが、この家庭内の空気は、何か大きな変化の前兆のように思えます。
樹里は達也の過去に気づき始めています。
そして、彼にただ寄り添うのではなく、時にはきちんと「違うよ」と伝える力を持っている人です。
達也がもし「母親と妻は違う」ということに心から気づけたとき。
そして、自分の価値が“成果”ではなく、“存在そのもの”にあると理解できたとき。
きっと彼は、もう一度「家庭=安心できる場所」として向き合えるようになるのではないでしょうか。
まとめ|毒親の影響は消せないけれど、乗り越えることはできる
達也の母親は、確かに“毒親”という言葉で括れる存在ではなかったかもしれません。
それ以上に深刻な、子どもの人格を揺さぶる虐待的な支配をしていたように思います。
でも、それは過去のことです。
今の達也には、理解してくれる妻・樹里がいます。
そして、無意識の偏見に気づき始めている自分自身もいます。
この先、彼がどうやってその“母親の影”と向き合い、乗り越えていくのか。
その過程こそが『対岸の家事』というドラマの大きなテーマなのかもしれません。